完熟バナナミルク
この魔法のステッキ製作所に来て一ヶ月。
あたしは面接を受けた時に言われた、あの言葉を思い出していた。

「自由になりたいだって?ほう、採用だ椎名君。おめでとう。」

買い物行って料理作ってトイレ掃除してアフロセットして…。
あたしの思い描いていた自由とはかけ離れているけど、きっとこれって自由なんだよね。
ジャージのポケットの中にある小銭が、歩くたびにじゃらじゃら鳴り、ジャージが少し下がってくる。

「あ…ミルクティー無かったんだ。所長の体液ってミルクティー…。」

目の前に高校の時の同級生が居た。
彼女はあたしに気づかず素通りしたけど、あたし、今どんな顔してたのかな…。
ずり下がるジャージを必死で直しながら、あたしは足早に屋敷に戻った。

「所長、バナナこれでよかったんすよね」

あたしは平然を装っていたけど、あの人にはそれが通じなかったらしい。

「君とはもう29日と19時間一緒に居るんだ、分かり合えて当然じゃないか。」

分かり合えて当然?たった一ヶ月であたしの何が分かるって言うの?
あたしは所長を睨んだ、ライオンの様な鋭い眼孔があたしの心に深く突き刺さる。
だめだ、勝てない…。あたしはごまかす様に買ってきたバナナに手を伸ばす。

「まだだ、椎名君。君は分かっていない。」

あたしの手はぴくりと収縮した。

「今まで君がここでしてきた事は、ただの家事手伝いでしかない。それをこなしてさえいれば、誰からも攻められず、皆から感謝される。君はそこで満足し、生きるという本来の意味を見失っているんだ。分かるか?椎名君。」

ただの…?それがあたしの仕事でしょ?他にあたしに何を求めてるっていうの?これが全力なんですけど。

ふと、鏡に映る自分のさえない顔が見えた。
…はぁ?口が動いてるんですけど。
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