雨音色
「・・・はぁ、やっぱりこうしてはいられないですよ」


隣でゆっくりとお茶を飲む藤木の母に業を煮やしたのか、


さっきから牧は座っていた座布団から立ち上がったり、


部屋中をぐるぐる当てもなく歩き回ったりしている。


「まぁまぁ。大丈夫ですって。直に帰ってきますから」


「そんな悠長な事を!藤木君は男だから良いとしても、幸花さんは女性で・・・」


「うちの壮介は女性1人位守れますから」


その一言に、牧が口をあんぐり開けた。


「・・・何で壮介君が・・・」


そんな牧を尻目に、彼女はずず、とお茶を飲み続けた。


「こんなタイミング良く2人が居なくなるなんて、


経験則に照らしてそう考えるのが合理的でしょう?」


にっこりと笑う藤木の母の顔に、牧はだらしなく開いた口をふさぐのを忘れていた。


この母にして・・・。


そう口から出かかった言葉を飲み込み、彼は座布団の上に座った。


彼はそれ以上考えるのを止めよう、


そう思った瞬間だった。


「あら、門を開ける音がしたわね」


そう言うと彼女は立ち上がり、早足で居間を出ていく。


牧も遅れながらも、急いでその後を付いて行った。


そして玄関先に着くと。


「・・・そ、壮介君!・・・そっちは・・・まさか・・・」


ずぶ濡れになった藤木壮介の背後に、もう一人の人影があった。


同じようにずぶ濡れになったその人に向かって、彼女が声をかけた。


「大変大変。とりあえず、はい、2人とも、これで体をふきなさい」


いつの間にか用意されていた手拭いを何枚か渡した彼女は、


藤木の隣にいたその人に大きな布を被せた。


「幸花さん、うちのお風呂で良いかしら。狭いですけど、


風邪ひいちゃうし。一応用意はできていますから」


「ありがとうございます」


気づいた瞬間、牧は生まれて初めて眩暈を感じていた。


< 108 / 183 >

この作品をシェア

pagetop