雨音色
「帝国大の助教授をなさっている方だ。刑法を専攻されているらしい。
性格は温厚で、裕福且つ家柄も良いそうだ。お父様はお亡くなりになられているそうだが、物理学の教授でいらっしゃったらしい」

「・・・」


「来週の日曜日、大帝国ホテルで11時に待ち合わせになっている」


「・・・」


大きな咳が部屋中に響いた。


「それに、今回は私が一緒に行く」


それまで黙っていた彼女が、突如声をあげた。


「えぇ!お父様。それは・・・」

「今までお前の望み通りにしてきたが、今回は私が一緒に行くことにした。タマには家で留守番をしてもらう」

「・・・」

彼女は再び押し黙った。


不満そうに口を尖らせながら。


「お母様も心配していらっしゃるだろう」


「・・・お母様・・・」


彼女は父の書斎に呼び出されていた。


予想通りの話しではあったが、父親同伴までは考えていなかった。


それまでは父が同伴せず、タマが一緒に行くことを条件にお見合いをしてきた。


むろん、全ての見合いを断るために。


彼女はちらりと父の机の上に飾られていた写真を見た。


西洋のドレスに身を包んで微笑んでいる、自分とそっくりの女性。


母の由希子であった。5年前、既に病のため他界していた。


「私はお前を甘やかしすぎた。幸花が同伴しないで欲しいと言うからその通りにしてきたが、その結果がこれだ」

父が書斎の端に置かれている箱を指差す。


そこにはこれまでの見合いの申込状や写真が無造作に詰められていた。


「しかし、お父様・・・」


彼女は大きな瞳を父に向ける。


「無理強いはしない。だが、良い加減に真剣に将来を考えなさい」


そう吐き捨てると、彼はおもむろに机の上の書類を取り出した。


「これから仕事がある。下がりなさい」


これ以上何も言うな、という父からの命令だった。


「はい・・・」


彼女は書斎を後にするしか為す術は無かった。








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