雨音色
「失礼します。お嬢様・・・」


「・・・」


真っ暗の部屋に、女中のタマが部屋に入ってきた。


「お嬢様、お着替え、ここに置いておきますよ」


ベッドの上に横たわる彼女の傍に、タマは着替えのネグリジェを置いた。


「・・・ねぇ、タマ」


か細い声が響く。


「・・・はい」


タマに背を向けたまま、幸花は呟いた。


「タマは結婚して何年ぐらい?」


「かれこれ、25年くらいですかねぇ」


タマは指で数えるそぶりを見せた。


「・・・結婚って、楽しい?」


えへん、と一つ咳払いをした。


「えぇ。お嬢様が思っていらっしゃるよりも、ずっと」


タマはベッドの傍に跪いた。


まだあどけなさが残る横顔に、彼女は右手を添える。


幸花はそこにそっと自分の手を重ねた。


「お姉さま達を見てると、結婚なんかしたくないわ」


大きなため息が、行き場もなくその場を彷徨う。


「好きでもない人と生活して、毎晩知らない人と社交パーティーして、それぞれ別に恋人がいて、そんな結婚は意味があるの?」


タマは黙っていた。ただ優しく彼女の髪を撫でるだけだった。


「お父様は、御自分はお母様と一緒になれて良かったかもしれないけど、どうして私達をつまらない人達と結婚させようとするのかしら」

誰の目から見ても、父と母は愛し合っていた。


未だに父が他の女性との結婚を勧められても断り続けるのは、母が忘れられないからなのであろう。

「子が親の幸せを願うのは当然ですよ」


「だったら・・・」


タマは幸花の口の前に人差し指を置く。


「結婚で幸せになれるかはお嬢様次第ですよ。さぁ、もう遅いですからお休みください」


「私次第・・・」


タマは掛け布団を掛け直した。


「お休みなさい、お嬢様」


「・・・お休みなさい」


外では、緑の風が優しく吹いていた。




< 12 / 183 >

この作品をシェア

pagetop