雨音色
下を向いたまま、藤木はそうつぶやいた。


その唇が、わずかに震えていることに、誰も気がついてなかった。


誰も、何も言わない、静寂が再び訪れる。


そして、その中に彼が言葉を落とす。


「・・・でも、先生、お忘れですか」


ゆっくり顔を上げて、にっこりと彼は微笑んだ。


「僕は、父の息子です」


眉間に深く刻まれた深い皺が、より一層深くなる。


「血は争えないんです。・・・僕は、もう幸花さんと離れません。


彼女を・・・愛していますから」


確信に満ちた目をして、藤木はそう答えた。


牧は、あっけにとられて何も答えなかった。


その時、彼の頭の中では、遠い昔、もう自分自身でも忘れかけていた、


本当に遠い昔、目の前でほほ笑む青年とそっくりの友人が、


満面の笑みで、大学の講堂近くで嬉しそうに話しかけてきた時の事を思い出していた。
< 110 / 183 >

この作品をシェア

pagetop