雨音色
「・・・は?」


牧の素っ頓狂な声に、思わず野村は噴き出していた。


「天下の牧先生が、随分間抜けな顔をしていらっしゃるね。


ところで、先生、ここにもう一人客人が待っているのだが、


入ってもらっても良いね」


はっと牧は我に返り、先ほど感じた気配の方向へ顔を向けた。


その瞬間、牧は息をのんだ。


「あ、あなたは・・・」


「・・・先日は、・・・失礼いたしました」


小柄な、中年の女性。


一週間前、彼らを山内家で初めに迎えてくれた、女中のタマだった。


「何故、貴女様がここに?」


「さて、どうしてだろうねぇ。私は先ほど研究棟の入り口で、


そのご婦人が道に迷っていらして、


何やら牧先生の所へ伺いたいと仰るから、ご案内差し上げたのだよ。


・・・まぁ、用件は軽くお伺いしてしまったけど」


野村が、まるで自分の部屋のように、ソファの上にどか、と勢いよく座り込んだ。


そして、入口の前で突っ立っているタマに、手招きをする。


「牧先生、いつまでタマさんをそこで立たせているつもりですか」


牧は再び自分の意識を取り戻し、慌てて紅茶のカップを用意する。


「いいよ、お茶は。私はあんまり長居できないからね」


「私も、結構でございます」


2人のその言葉に、牧はカップを棚に戻すと、


タマに、野村の隣に座るよう伝えた。


そして、自分は対面する椅子に、ゆっくりと座る。


「・・・さて、野村先生、・・・あの、どういうご用件で」


ちらり、とタマの方に、牧が視線を移した。


政府高官でもある彼の話を、


例え財閥の女中と言えども、他人在席の上で話して良いのもなのだろうか。


野村は、もちろんその視線の意味を理解していた。


「構わないよ。タマさんがここにいらしても」


えへん、と大きく咳払いをして、野村は大きな声で言った。


「藤木君のドイツ留学が決まったよ」
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