雨音色
未だ喧騒冷めやらない空気が漂っている中、


そこだけ、まさに静けさが存在した。


牧が、ゆっくり前に向かって歩き出す。


しかし。


「・・・駄目です」


その右手の手首を掴んだのは、藤木の母親だった。


「私たちの、出る幕じゃない」


「しかし」


「駄目です」


有無を言わさないその強さに、牧は前に進むことをあきらめた。


皆が、目の前の2人を見守る。


タマは、何も言わず、目前の紳士を見つめていた。


「・・・ここで、何をしている」


タマは、自らの右手を胸へ持って行った。


襟の中にしたためられた紙の存在を確かめた。


全ての決意が、そこにあった。


「ご主人様」


その言葉とともに、彼女の左手が、ぎゅ、と握られる。


「・・・最後にもう一度だけ、お目にかかろうと思っていました」


一歩、一歩、着実に、踏みしめるように、前へ進む。


それはまるで、彼女の仕事ぶりのようだった。


山内家へ仕え続けた30年。


長かったような、短かったような。


それまでの記憶が、一瞬にして頭の中で甦っては消えていく。





――あぁ、これが走馬灯と言うものなのか――





そんな呑気な事を、頭の片隅に考えながらも、タマは英雄の前で立ち止まる。


「これを、・・・お受け取りくださいませ」


そっと襟から出された、白い紙に包まれた何かが、彼の手に渡された。


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