雨音色
「え?」


「・・・あ」


彼が手を口で抑えたが、時既に遅し。


堪忍した様子で、彼は話し始めた。


「来る途中で貴女様にジャズを聞かせる約束をしたことを思い出したんです。

それで家に取りに帰ったら、電車を逃してしまったんですよ」


そう言うと、彼は急いでオムライスを駆け込んだ。


彼女はその様子を見て、心の奥が暖かくなっていくのを感じていた。


「ここは牧先生の馴染みの店で、あの機械も西洋の置物も、

全部牧先生が若い頃欧州で購入したものらしくて。

貴女様をここにお連れするつもりだったから、

ここでお聞かせできると思ったのですが、結局待たせてしまって。

申し訳ありませんでした」


彼は、スプーンを置いて、済まなそうな様子で頭を下げた。


彼女は慌てて手を振った。


「いえ、そんな風になさってくださったのに、謝らないで。

むしろ私の方こそ先日の無礼を貴方様に謝っておりません」


「それじゃあ、お相こということで」


彼の顔に笑みが戻る。


彼女は思う。


この人とならば、姉達とは違った生活を送れるかもしれない、と。


「さぁ、冷めてしまいますよ。早く召し上がってください」


二人はスプーンを持ち直し、目下のオムライスに舌鼓をした。
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