雨音色
藤木は一瞬、その言葉の意味を飲み込めずにいた。


「・・・」


しばらくして、彼の顔は湯気が出るかのように赤くなった。


「ま、ま、牧先生。な、な、何を突然・・・」


彼が牧に詰め寄る。


「何を驚くのだ」


牧は論文のページを捲りながら言う。


「君は奥手だから、それぐらいしておかなければ、お嬢様に逃げられてしまう恐れもある」


「い、いや、だからといって、そ、そのような事は・・・」


藤木が物凄い勢いで頭を左右に振る。


「まぁ、そこまでではなくとも、手ぐらいは繋いでも良いだろう。

君はそういうことに関しては素人も良い所だからな。

こうやって助言してもらって感謝して欲しいぐらいだ」


牧が冷め切った紅茶を啜る。


藤木は何も答えず、ただ真っ赤になりながら、その場に立ち尽くしていた。


「さ、そろそろ私も帰るが、藤木君は帰るかい?」


「・・・」


「藤木君!」


「は、はい!」


彼の両肩が同時に上がる。


「君も帰るかい?」


「え、あ、はい?」


まるで電波の悪いラジオから聞こえる様な、歯切れの悪さだ。


そう、牧は思った。


同時に微笑ましい気持ちにもなったのだが。


「全く、君は冗談も通じない男だったかねぇ」


牧はコート掛けに掛けられた帽子を被りながら言った。


「は・・・冗談・・・ですか?」


「ほら、ぐずぐずせんで、付いて来なさい」


「は、はい」


軽いため息をつきながら、牧がドアを開けた。


しかし、その顔には、


悪戯っ子の様な笑いが浮かんでいるのを、


外気温よりも高いそれを感じている藤木に知る由もなかった。
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