雨音色
牧は自分の口髭を触り始めた。


「良い事だ。近いうちに二人で飲もう。

いや、家内もお前のお母様も混ぜてやろう。

今度家に着なさい。何なら彼女も連れてきて良いぞ」


「からかわないでください、先生」


彼はその恥ずかしさを隠すかのように、ぼさぼさの頭を掻きむしる。


その姿を見て、牧が声をあげて笑った。


「良いじゃないか。二人とも相性が良さそうだ。

また来週も会いたい旨伝えておこうか?」


「・・・」


藤木は何も言わず、ただそっぽを向いていた。


所在無さ気な視線の先は、ついさっきまで流れていた甘酸っぱい時間であろう。


「これも刑法を勉強するにあたって有効な事だぞ」


牧が再び笑い声を上げた。


その声が部屋中に木霊していた。


「そうだ。藤木君、君に課題を課そう」


「課題ですか?」


牧からの久しぶりの課題という言葉に、思わず反応する。


学生時代以来の課題。


その頃はあまりに難しいそれに毎度頭を悩ませていたな、と


懐かしく感じる。


「次にお嬢様に会う時には、彼女に口付けをする事」
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