雨音色
「・・・な、な、何故ここにいらっしゃるのですか?」


「先日、牧先生から電話をいただいて、

『刑法に興味はありませんか?』と尋ねられたんです。

壮介さんが専攻なさってる法律だから、少し勉強してみたいなと思っていたので、

『はい』と答えました。

そうしたら、今日、講義に出てみたらどうかと言われまして」


彼はただ、開いた口をぱくぱくさせているだけであった。


「更に牧先生、ご親切なことに、3日前に私の家まで来てくださって、

刑法の基本書までいただきました。

これで勉強されると良いと」


彼女が机の上の本を指差し、そしてにっこりと微笑んだ。


「そ、そうでいらっしゃったのですか」


そういえば、3日前、牧の研究室に入った時、


基本書が机の上に置かれていた。


何故今更、と疑問には思ったものの、何か確認したかったことがあるのかと思い、


特に気にもしていなかった。


そう思ったのと同時に、藤木の頭に片目をぎゅ、と瞑った牧の顔が浮かぶ。


そして先日の牧の声が蘇る。


『手ぐらい繋ぎなさい』という言葉が。


彼の心臓が、急スピードで高鳴り始める。


「いや、ちょっと、まだ・・・」


突然彼が頭を左右に振り出した。


「・・・?どうされたのですか?」


幸花が不思議そうに尋ねる。


「え?あ、い、いえ。何でもないです」


彼が真っ赤になりながら慌てて答えた。


「・・・変な壮介さん」


彼女は首をかしげながら、机の上の本を閉じた。
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