雨音色
丁度、この家で働き始めた時を思い出した。


そして一緒に働いていた、自分と同期の女中のことを。


気がつけば彼女は当家の一人息子と恋に落ち、周囲の反対を押し切って結婚した。


立ち入ってはならなかった筈の区域に、彼女は無謀にも独りで飛び込んで行った。


タマは数少ない彼女の味方として、最期まで彼女の傍にいた。


『女中』として。


そして、『友達』として。


「あのまま、彼女を諦めて同じ身分の者と結婚していれば、

彼女は今もどこかで生きていてくれたかもしれない。

そう思うと・・・」


彼が言葉を詰まらせる。


英雄もまた、見えない過去の糸に縛られて、自由に動けないのでいる。


「・・・旦那様」
< 75 / 183 >

この作品をシェア

pagetop