奥に眠る物語
夕暮れ
仕事が終わって、帰り道をゆっくり辿る。

結局、彼は本当に来る事はなかった。

・・・逢いたい。

こんなことを思うのはいつぶりだろうか。

そんなことを思いながら、空を見た。

あの彼の空色のコートのよう真っ青な空ではなく、夜に向かって走る空の色。

燃えるような炎の中、注がれる水のように混ざり合う紺色の夜の色。

それらはなぜか、とても悲しい気持ちにさせる。

何か、大切なものを奪っていきそうなそんな気にさせる。

私は空から地面に視線を落として一つため息をこぼした。

「何かあったのかい? お嬢さん」

「・・・っ!?」

まさか。そんなのありえない。

逢いたいって思って逢えるものじゃないでしょ、普通。

そんなのは都合よくお膳立てされた恋愛小説や漫画の中くらい。

だから、後ろから聴こえるのは幻聴で・・・

「まったく、僕が話しかけてるのに振り向きもしないってひどくないかな?」

「・・・え、なん、で こんなとこにいるの・・・?」

「そりゃ、キミが呼んだ気がしたからさ」

私の正面に立っているのは・・・見間違うはずもない。

彼・・憑雲だった。

< 70 / 80 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop