ますかれーど

--心side--

「魅さんが倒れたの!」


麗花のその言葉に、私は急いでリビングまで走った。


庭からガラス戸を開けると、お母さんの苦しそうな声が聞こえてくる。



「お母さんっ!!」



お母さんは、リビングの白いソファに寝かされながら、息づかいも荒く、持っているハンドタオルを今にも引きちぎりそうだった。



「魅ちゃん、救急車すぐに来るからっ!!」



私は、近寄る事ができないでいたの。



「みぃ、みぃ!聞こえる!?もう少し我慢しなさい!」



優花さんが、独特の呼吸法をお母さんに教えている。



「魅っ魅っ!!」



ただただ名前を呼ぶことしかできないお父さんは、お母さんの手を堅く握っていた。



「魅さんっ頑張って!!」



麗花も懸命に声をかける。


尚も苦しそうなお母さん。



「タク!俺、どうすれば良いんだっ!?」

「バカ言え!俺だって16年ぶりだっ」



お母さんの叫び声と、荒い息づかいが私の鼓膜に響く‥。





ーーーー‥いゃ‥





「みぃ!?今すぐ産まれそうなのっ?」



…………違う。



「魅ちゃん!まだ産まないでっ!」



ーー‥違う。



「母さん、私にできることないっ!!?」

「タオルっ!!ありったけ!」

「分かった!」

「優花!俺はっ!?」

「拓弥は門前で救急車の誘導!」

「そうか!分かった!」

「俺はっ!」

「蒼さんはみぃの手を離さない!」

「あぁ!離すもんかっ」

「みぃ!みぃ!?聞こえてるっ!?もうちょっと我慢しなさいっーー!…まー…ー‥ぃーー‥」






音が‥耳から遠ざかってゆく。



お母さんの苦しそうな息づかいも、みんなの声も、近づいて来る救急車のサイレンですら‥遠い。




産まれる?

本当に産まれてくる?



違うの。

ーー‥違うんだよっ!



普通の出産って、こんなに苦しむもんなの?

ねぇ?ねぇっ!!





あの時も、次のあの時も、そうだった。




……同じ。



苦しみ方が


同じなんだよっ!!





ねぇ、


今度は本当に




‥産まれてくる?





ーーーっねぇ‥!!






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