迷姫−戦国時代

浬張

「遂に来たか」



紅の袿がゆらりと揺れ、襖の方へ歩んでいく男のその後ろ姿を追うように側近が付いていった。部屋には若い男ただ一人が残されていた




しかし男と言われるよりも青年に近い者はゆっくりと目の前に置かれた湯飲みに手を付けた。その姿は厳しく教養されたであろうに、見惚れるさまであった





「浬張の鬼があれほど執着した娘とは一体どれほどの者なのだろうか」



湯の中に映る己の姿にフッと鼻で笑えば途端に湯飲みの柄に亀裂がはしり茶がポタポタと垂れ畳みに跡を残す



青年は何でもないように懐から手拭いを取り出せば濡れた手を拭いまた懐へとしまう





「万助」



そう呼べば、部屋の外に彼の気配を感じると青年は話を続けた



「内密に娘と会う。その手配を頼むぞ」



青年が立ち上がると共に気配は消え失せていた。そして青年が立ち去ると残された部屋は静寂に包まれていたのであった






しかし、この静寂が逆に恐ろしくも感じられる程であった






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