胡蝶蘭

イツキ ノ アパート




木造二階建の築三十年。



偉槻のアパートは、あまり女受けの良いものではなかった。



勝手に押し掛けてきた女に「あり得ない」と言わせしめるほど。



当然、少女もぶつぶつ文句を言うんだろうと、偉槻は視線を下げた。



が、彼女は微笑んでいた。



意外な反応に目を見張る。



「キレイなとこだね。」



耳を疑った。



汚いと言いこそすれ、キレイとは。



視線で問うと、彼女はぎこちなく笑った。



「古いなりにもキレイにしてるんだろ?
古いけど、汚らしくない。」



汚らしくない、か。



偉槻はクッと笑った。



胸に今まで抱いたことのない感情。



「何だよ。」



彼女は不機嫌そうに顔をしかめる。



「いや。」



言いながらも、頬は緩む。



と、ぶるっと隣の少女の身体が震えた。



そうだった、と偉槻は唇を噛む。



風邪引いているのを忘れていた。



「行くぞ。」



少女は素直に頷き、偉槻の後をついてきた。



カンカンと鉄の階段が朝の静けさを突き抜けるように響く。



が、後ろを歩く少女の足音は心無しか重たかった。



「ここ。」



一応、202という古ぼけたプレートのついたドアを指して見せる。



少女は一度頷いて見せた。



偉槻を見上げている目は、熱のせいか潤んでいた。



飾り気のない鍵を鍵穴に差し、軋むドアを引く。



「入って。」



鍵をくつ箱の上に置いた皿に投げ込むように放り、偉槻は電気をつけた。



何度か点滅し、白い蛍光灯が点く。



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