胡蝶蘭
「帰って。」



きつい声。



茉理子も緊張して張りつめているのだとわかった。



「あんたなんか、見たくもないのよ。
帰って。」


「…あんたに言われる筋合いはないと思うがな。」


「あたしは偉槻の彼女よ。
ここにいる義務があるわ。」



義務だなんて。



自分の立場を正当化するなよ。



「あのぅ。」



一人、病院関係者らしき人が声をかけてきた。



二人して顔を向けると、少し申し訳なさそうに彼は会釈する。



「怪我は完治するには時間がかかりそうですが、命に別状はありませんよ。」



その言葉を聞くなり、再び誓耶は泣き崩れた。



よかった、本当によかった。



偉槻が撥ねられた情景が、また浮かんでくる。



あの時は本当に世界が終わったかのような感覚に包まれたけど…。



偉槻は無事だ。



茉理子は案内されて、偉槻のもとへと歩いていく。



誓耶は涙でぬれた眼でそれを追った。



自分は行く権利があるだろうか。



取り敢えず、偉槻の命は無事だ。



ここへ来た目的は偉槻の安否を知るため。



もう安全だと分かった今、誓耶は帰るべきだろうか。



< 342 / 366 >
表紙・目次

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop