「それは、桜舞い散る春の駅」
 まだ春休みに入ったばっかりの頃。それは、まだ高校に上がる前の、高校生と中学生の中間の時。写真を撮りに、駅へ行ったときのことだった。
 その駅の近くには桜の木があって、この時期になると花を咲かせる。
 舞った花びらが駅に降り注いで、とても綺麗。
 私はこの風景が大好きで、用も無いのに駅に来ては、ベンチに座って何時間も眺めている。
 この風景の為に、私はこの街を出ないで一生を暮らそうと思っていた。
 毎年、舞い始めたら一目散に来て写真を撮る。もう、恒例行事になっている。
 その日は日が昇る前に来ては、一日中ベンチに座り込んで夜が更けるまで、シャッターチャンスを狙う。
 寂れて汚いこの駅に一日中いる私を、最初の頃はみんな、物珍しく、変なものを見るような目で見ていた。
 でも、今では慣れてくれたようだった。私も慣れて、人の目を気にしない子に育った。
 この日も、朝一に来ては朝焼けを撮った。まばゆい、優しい温かい光に染まりながら、はらはら宙を舞う花びら。
 最初見たときは、あまりにも綺麗すぎて、涙が溢れたものだ。今でも、目が潤む。
 人混みの間を縫いながら飛んでいる花びらもまた、綺麗だった。
 実は、この桜の木を見たことがない。花びらは駅で幾度となく見ていたが、桜の木は一度も…。場所さえも知らないでいた。
 特に理由は無かったが、何となく桜の木を見つけてしまいたくなかった。
 昼間の人混みの写真を撮ろうとしたときだった。
 人混みの中に、周りとは違う動きしている人影があるのに気がついた。
 電車はとっくに出て行ってしまって、しばらくは来ない。都会の近くにあるというのに、このありさまの田舎。
 次を待ってるにはさすがに早すぎるし、駅から出て行くわけでもない。
 人混みが少なくなっていく。彼の姿が見えるようになっていく。
 若い男性。私と同じぐらいかな?
 ファッションが、この辺ではあまり見ないおしゃれ度の高さだから、都会の方の人間だろう。
 電車がすぐまた来るとでも思っているのだろうか?
 それとも、待ち人がいないだけだろうか?
< 5 / 31 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop