キミが刀を紅くした
―02

笑顔の裏


 遠い外国よりも閉ざされた世界。白昼に動く影はなく闇夜に動く光もない。そんな日本の中心、江戸の吉原で丑三つ刻に草苅絹松に拾われたから、俺の名前は吉原丑松なのだ。

 と、昔華さんが教えてくれた。


 ーー。


 世は昔から荒れていた。戦国の世も世荒しが現れる前もずっと荒れていた。少なくとも俺がいた世界、色街は常に荒れていた。

 島原だろうと江戸だろうと変わりはない。護られるのは残忍な男共、我慢するのはいつも世間に捨てられた可哀想な女たちだけ。



「童、太夫がお待ちだ。早くしなさい」



 色町を歩くと子供を酷使する大人の声が聞こえる。だけど子供たちはそれ以外に生きる術を知らないから従うしかない。俺とは違って。なんて残酷なのだろうと何度も思う。



 いつからかと言われると、昔からと言う他ない。気付いたら俺は江戸に居て吉原に居た。齢は十歳。立派な餓鬼である。吉原で働いてる訳ではない。ただ吉原にいた一人の女から飯や菓子は貰っていた。



「童や、おいで。今日はどこにいたんだい?」


「姉さん。別にどこも。売れるもんがないか探してたんだけど、そうそうなくって。だから今日は何もしてない」


「ふふ、そうかい。あぁこれをお食べ。握り飯だ。私はいつも通り、もう食べたから」


「うん。ありがとう」



 その女の名前は知らない。俺にも名前はなかった。ただそれでは不便なので俺は童と呼ばれ、彼女の事は姉さんと呼んでいた。

 彼女は遊女である。否、だった。階級は下の下だと聞いたことがあるがどうしてかもう働けない身体なのだとか。だが名前も知らない女の事はそれ以外何も知らない。だから俺に飯をくれる理由なんて微塵も知らなかったし、知ろうともしなかった。



「私は今日も寝て時間を過ごしたよ。外はもう暗いのかい? 窓もないから分からない」


「……外は暗いよ。女達たちがもう外に出てきてるから、ずいぶん更けたんじゃないかな」


「そうかい」


「ん。ごちそうさま。姉さんは今日は何食べたの?」


「私かい。私はそりゃ、豪華なもんさ。下っ端でもこの世界は女に優しいからねぇ」


「ふーん。そりゃ羨ましい。今度俺にも分けてよ」



 姉さんがいる部屋に窓はない。入り口も一つしかない。俺は見張りの童やら女たちの目を掻い潜ってこの人に会いに来ていた。理由は簡単。ここに来れば飯があるから。

 姉さんに出会う前はどうしていただろう。どうでも良い事は覚えていられない。



「そうだ。姉さん、今日簪を見つけたよ。今度それ持ってきてあげる」


「あらまあ。ふふ、なら考えてやろうかねぇふふふ。今度に来た時には残しておいてあげよう」



 姉さんが笑うと空気が軽くなった。自分が色町の暗い場所にいることを忘れてしまうくらい。俺は姉さんにふわりと笑いかけてから部屋の隅に移動した。

 姉さんはその流れを見ながら微笑んだ。

< 231 / 331 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop