Sin(私と彼の罪)
「シイナちゃん、なんだって?」

覗きこみながらそう聞けば、明らかに不安げな顔になる。



やめろよ。

そんな顔、するな。


自分を苦しめるような人間のために、そんな顔するんじゃねえよ。



「今まで私はお母さんに苦しめられたんだから、放っておけって」

「…シイナちゃんらしいな」


「ねえ、善」

「なに」


おもむろに、志乃は体を離す。

うさぎみたいに赤く充血した瞳と、目が合う。


俺の腕を掴む志乃の指に、力がこもった。


「変かな、私」

「?」

「…お母さんが、怖いの」




そう言った志乃は泣き笑いをしているみたいな表情だった。

「ばかみたい」と呟いて額に手をあてる。



俺は抱き締める力を強めた。


志乃のシャンプーの香りが濃くなる。


「なんで?」



出来るだけ優しい声を絞り出す。



少しして志乃はぼろぼろと喋りだした。



「お母さん、私のことを恨んでる」

「ああ」


子を恨む親なんているのだろうか。
普通の人はそう思うだろう。


しかし、実際に志乃はこれだけ怯えている。


俺にはわからないが、いるんだと思う。


子を、恨む親が、そこに。


「怖い……あの、目…」



思い出したのか、志乃の細い腕が背中にまわる。


「怖い」


小さな子供のように俺にしがみつく。

細い体同様、痛々しくて壊れそうだ。



「善…」

「大丈夫、俺が守ってやる」

「でも、お母さんは…」

「…?」





「全てを壊そうとしてる」




何か、諦めたように彼女は笑った。



ゾッとした。



ここまで言わせるほどの母親の影響力に。
そして知らぬうちに侵されている志乃を哀れに思った。


子供は、これほどに親に畏怖感を持つのだろうか。

人は、こんなにも人に恐怖心を植え付けられるのか。




俺は親というものを知らないからわからないが。

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