月の恋人
◆
それは、不思議な体験だった。
そう、いつかの――… 月の光の下で、すらりと緊張が解けていった時と同じ感覚だった。
タケルさんのピアノは、もう“伴奏”なんてレベルじゃなくて
さっきとはアレンジが違って、ポップな感じになっていた。
歌い出しの合図の様に、一拍置いてタケルさんがあたしを見る。
―… あたし、この人の音が好きだ。
―――… 歌いたい。
それは、お腹の底から湧いてくるような自然な欲求で。
胸の高鳴りに手を当てて
震える声を、そっとピアノに乗せた。