月の恋人
◆
家に戻ると、
珍しくママがピアノを弾いていた。
『マイウェイ』
ねぇ、ママ。
今なら、ちょっとだけ分かるんだ。
きっとこの曲は、ママの応援歌。
人生で大きな選択を迫られたとき
大切な何かを捨てなければならなかったとき
後ろを振り返らないために
「私は、私の信じた道を、ただゆくだけ」
きっと何度も、その詞を噛み締めて、歌ってきたんだね。
無心に紡がれるその音色に
言葉は無かったけれど
そこに込められた、ママの想いに気付いて
ただ、涙だけがこぼれた。
もう、泣くのはこれで最後にしよう。
自分を責めて、嫌いになって、全てを拒絶していても―…何も、生まれない。
かみさま。
あたしに、一歩踏み出す、勇気をください。
前へ進むための、勇気を。
決意を持って見上げた黒いグランドピアノの上には、一通の白い封筒が置かれていた。
宛名は、ない。
ただ“Invitation”と、書かれてあった。
――…“すべては、心の決めたままに”…
【亜美―ami―】終