クマさん、クマさん。
「菜摘、待った?」
「待った」
「ごめん、ごめん」
朋秋が笑いながら抱き着いて来た。
「もういいよ、行こう」
また女の香水の匂いがした。
きっと朋秋は浮気してる。
でも、問い詰めたり、別れようとは思えなかった。
「じゃあ、行くか」
朋秋は笑って手を出して来た。
「ごめん、手はイヤ」
手はあの人としか繋ぎたいとは思えない。
「じゃあ、俺の腕にくっついとけ」
「うん」
「映画なに観る?」
「えっとね―」
高校を卒業して6年の月日が経った。
あたしはM大を卒業して、カフェの店員になった。
そして1年前に朋秋という彼氏ができた。
朋秋は優秀な会社に入っていて、きっと将来が約束された人。
そんな彼氏がいてあたしはきっと充実した毎日なんだと思う。
でも、あたしはこの6年"幸せ"だと感じたことがなかった。
きっと朋秋のことを本気で好きじゃないからだ。
あたしの心にはずっとあの人しかいなかった。
フラれても忘れることなんてできなかった。