水島くん、好きな人はいますか。

「ぶはっ、ははは! 万代ごめ……、俺のせいかや!」

「な、わ、笑いごとじゃないよっ! わたし、どれだけ瞬に技をかけられたとっ……!」

「はははっ! ちょ、まじで苦しかっ!」


お腹を抱える水島くんに顔が赤くなっていく。


怒りと羞恥ならば圧倒的に前者のほうが勝るのに、顔をくしゃくしゃにして笑う水島くんを怒るなんて、到底できるわけがなかった。


だから、その笑顔はずるいんだってば。


「――っ!!!」


え? また微かに聞こえた声の正体を探ると、視界の隅で目を見張り、振り返った水島くんの黒髪が映る。



――時間が、止まったかのように見えた。


ホームに減速した電車が現れたことも。水島くんがなにかに反応して振り返ったことも。


改札口を通っていく人たちの背中ばかりの中で、こちらを見ている男女3人がいたことも。


頭に入ったのは秒単位の世界だったのに、心が大きく揺さぶられた。


今にも膝から崩れ落ちそうなほど、悲痛な顔をしたひとりの女の子。あまりにもなにかを掴みたそうにするから、必死に伸ばす手が、わたしにだけ見えたかもしれない。


まるで一直線の閃光だった。


この都会で、この人混みで、進路を変えず真っすぐ歩き続けることが困難なように。人という障害物を避けなければ見えないものもある。


それでも確かに、ぶつかった。


金色の髪をした女の子は誰に阻まれることもなく、たったひとりを大きな瞳に焼き付けていた。


たとえ一瞬でも、ひとりとひとりの視線が、鼓動が、ぶつかったのだ。
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