水島くん、好きな人はいますか。

やめてください、と言えなかったのは。


「好みだから」


そう、真顔で言われたせいかもしれない。


「初めて会ったときに言ったはずだけど。『いいね、アンタ』って」


……確かに言った。言ったけど、付き合いたいとかの好みじゃないってことくらいわかる。シノザキくんの微笑みは、冷やかしたり、バカにしてくる人と似たような笑い方。


「それよりさ」


くんっ、と。掬われたままだった一部の髪が引っ張られる。シノザキくんの指に、わたしの黒髪が巻き取られていた。


「俺、ここに来てから名字で呼ばれるの嫌になったわけ」


つまり次またシノザキくんと呼んだら、髪の毛を引きちぎられる……?


「意味わかるだろ?」


にこり。有無を言わせない笑顔でシノザキくんは言う。


けれど非常に申し訳ないことに、あの日聞いたシノザキくんの名前は聞き取りづらかった。でも『お名前なんでしたっけ?』と訊く勇気があるはずもなく。


黙って頷けばシノザキくんは髪を放してくれた。


「昨日のメールの返信、今日中にしろよ」


断固お断りしたい。


すっとC組に入っていったシノザキくんの代わりに、「万代!」とみくるちゃんが駆け寄ってくる。


「大丈夫だった!? なに言われたの!?」


わたしの両肩を掴んでとても心配してくれるのは有難いけれど、いちばんの心配はお隣さんの幼なじみがなにをしでかすかだ。


こんなことになるなら、瞬に話しておくんだった……。



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