水島くん、好きな人はいますか。

そろりと視線を上げ、目が合ったお母さんに首を振った。


「なら、まず向き合いな、自分と。水島くんのどんなところを好きになったの。万代にとってどんな存在なの。これから先、彼と自分はどんな関係でいてほしいと思うの」


お母さんはこともなげに言い、グラスを持って席を立った。


頭の中に、立ち止まるわたしが浮かぶ。絶えず続いて来た道を背に、足元を見ながら、1歩を進む先を選びかねている。右か、左か、あるいは真後ろか。


わたしは、分かれ道に立ちたいのかな。


ミルクティーが入るグラスを両手で包み、考える。


おもちゃ箱をひっくり返したような思い出をひとつひとつ、懐かしみながら片づけていく。

一瞬では無理だけど、永遠に終わらないわけじゃない。


……残りは、布団に包まれながら片づけよう。


「お母さん」


シンクに手をつくお母さんは、わたしと見交わした目で続きを催促する。


「今度、パソコン貸してほしい」

「……いいけど」

「あと、話を聞いてくれてありがとう」


目をまん丸くさせたお母さんが、よろりと一歩後退した。


「べつに、いいけど……」


どうして照れるんだろう。

首を傾げるとお母さんは決まり悪そうに、


「まさか娘の恋愛事情を聞かされるとは思ってなかったから、内心どうしようと焦ってたのよ」


と言ったあと、ちょっとだけ口元をゆるませる。だからわたしも笑うことができた。



夏が来る前に、雨に濡れぬかるんだ場所から踏み出そう。


今日とは違う明日をまた、お母さんに話せるように。




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