世界を敵にまわしても


ただ鮮明に思い浮かべられるのは、先生があたしに声を掛けてきた時から。それ以降の事なら、いくらでも思い出せる。


適当に借りてきた本に挟まっていた楽譜を、ジッと見ていたあたし。それを見つけて、声を掛けてきた先生。


音楽の授業中。

視線が絡まった時から、始まった。


『学年1位の秀才でも、内職するんだね』


微笑むでも怒るでもなく、ただキョトンとしてあたしを見下ろしてた瞳は、まだあたしを見ていてくれるかな。



音楽室のある3階まで階段を上ると、微かに聞こえていた音がハッキリと耳に届いた。


生徒のハシャぐ声でも、足音でもないのは分かっていたけれど。音楽室から漏れる音は、確かにピアノを弾く音だった。


……先生?


きっとホームルームが終わったら職員室に向かうだろうから、待ってようと思っていたのに。


無意識に忍ばせた足が、音楽室の前で止まる。


やっぱり、過去二度聴いたあの楽譜の曲だった。


一度目は晴に弾いてもらって、二度目は先生が弾いてくれた曲。


……そう、それで。


壁に反響していた音が消えて、廊下も音楽室も一瞬で静寂になる。


――あの日も、激しさを増した音がブツリと切れた。


晴が難しいと言いながら最後まで弾いた曲は、先生には弾けないから。

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