教育実習日誌〜先生と生徒の間〜

それが、文学の面白さのひとつでもあるということを、ようやく実感できた気がした。


机間指導で生徒のプリントに書き込まれた語句のチェックを一通り終えて、授業のまとめの言葉を述べる。


これがなかなか難しい。


でも今の私には、目の前に並ぶ生徒に『これ』を伝えたいっていう想いが沸き上がっていた。



「……李徴がなぜ虎に変身してしまったのか、それを彼自身は『臆病な自尊心と尊大な羞恥心』から来る、己の心の醜さの現れであると語っています。

高校生だった私が授業でこの話を読んだ時、その意味が全く理解できませんでした。

でも、大学四年になった今、この話を読むと、李徴に共感できる自分に驚きました。

あの頃より少しだけ、自分自身の心と向き合わなければならない『経験』を積んだからだと思います。

また年月を経て読めば、おそらく今とは違う解釈で読むことになるでしょう。

皆さんも、今読んでいる物語を数年後、数十年後にまた読み返してみると、全く違う解釈の新しい物語として、心に刻み込まれるかも知れません。

この作品を通して、皆さんと共に学べたことに感謝しつつ、授業を終わりたいと思います。

2週間、ありがとうございました」



深くお辞儀をしたところで、ちょうどチャイムが鳴った。


チャイムの音と共に聞こえたのは、生徒からの拍手だった。


驚いて顔を上げると、みんなの笑顔と……先生と裕香も拍手している姿が見えた。


安堵感と、達成感と、まだほんの少しだけ残っている心の中の虎を意識して。




……泣きそうになったのは、秘密。


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