ヤンデレ
 人間の言葉で、『人を呪わば穴二つ』という言葉がある。人を呪うにはそれなりの覚悟がない人間はするべきではない。という意味のことわざだ。



 私はそんなつもりで彼女を引っ掻いたわけではない。ただ予想以上に体が上ずっていて爪の軌道が予想より上に来てしまったのだ。そして眼球に直撃。というわけだ。



 とぼとぼ力なくご主人様の部屋に帰って来た。僕はすぐにいつもの寝床――ご主人様のベッドの下にもぐりこんだ。今は誰とも口を聞きたくない。



 ――怖い……。



 今はその感情だけが支配している。闇に心が全て食われそうになっている。いっそ食い尽くしてくれればどれだけ楽なのか。



 人一人の人生を大きく狂わせてしまった。ちょっといたずらしてやろうと思ったばかりに。僕はとんでもないことをしてしまった。




 ご主人様の携帯が鳴った。一条と同じ歌が流れる。



「もしもし?なつき。どうかしたの?――うん。えっ!失明?どうして!」



 ご主人様の声を聞いて僕は目の前が真っ暗になった。最悪の事態になってしまった。僕の爪で一条の左目は見えなくなってしまったのだ。もう僕は体を震わせている。もうばれているのではないかと内心びくびくしながらご主人様と一条のやり取りを聞く。



「うん。手術は明後日。うん行くよ。明日僕の家に?」



 ――ばれてる?



 高鳴る胸の鼓動を抑えようとするが、余計に音が大きくなる。もしばれていたら私はどうなるのだろうか。もちろん殺されるかもしれない。彼女の人生を狂わせてしまったのだ。希望に満ちた彼女の人生を一気にどん底にまで叩き落とした張本人が目の前にいたら。



 ――僕ならそいつを殺すかもしれない。ご主人様を奪おうとする悪い奴らから守ろうとして……。でも……。
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