天使と野獣

「父さん、俺は怖い。
そんな不確かな事を口にしないでくれ。」


そう言う京介はソファーに座りながらうつむいて… 

泣くのを堪えているような子供の表情を見せている。


そして、一瞬にしてその場の空気が凍りついたようだ。



「京介、お前… 」



栄は見たことの無い京介の様子に… 
その心の中に潜んでいるものが見えてしまった。


いつもは元気な、いや、

見ようによっては勝手気まま、
傍若無人の京介がこんな顔をして… 

この握った拳が震えているではないか。



「お前、まさか、まだ母さんの事を… 」



栄はその震えている拳を包むようにして
もう片方の手を京介の肩に置いた。


そしてしばらくは何も言わず京介の温みを感じている。


考えもしなかったが… 

この顔は… 京介がこんなに怯えた顔をして… 

京介が母の病を気にしていたとは… 

あまりにも不憫ではないか。



「父さん、俺は母さんが発病してから生まれたのだろ。」



その静寂に耐え兼ねたように京介が口を開いた。



「ああ… すまない。
中絶を勧められたが… 

死を宣告された母さんは、
後に残るわしの為にお前を残してくれた。

母さんはわしが天涯孤独の身と言う事を知っていた。

しかし、母さんは強かった。
お前も知っているだろう。」



「うん、出産までもたない、と言われていたのに俺を産んで、
そのまま10年間も生きた。」


「そうだ。母さんはわしやお前の為に頑張ってくれた。

お前はその強い母さんの子だ。
だからこんなに強い子に育ったではないか。

わしはただの医者だが,お前は人並み優れた強さを備えている。
それはただ腕力だけではない、

飛び抜けた精神力が備わっている強さだ。」

< 31 / 171 >

この作品をシェア

pagetop