幕末異聞
門から家屋までは石畳の一本道がある。
道の両脇には今年の役目を終えた桜が数株植えてあり、その手前にはこれから季節を迎えようとする金木犀の木が生えていた。
巡回帰りの楓は木々を見ながら家屋までの道を歩いていると不意に声をかけられた。
「やぁ。楓君、久しぶりだね」
どこか人を癒す力のある優しい声。
その声は石畳の終着点である玄関から聞こえるものであった。
「確か…山南副長?」
「よかった。覚えていてくれたんだね」
手で後頭部を摩りながら安心したように微笑む山南。
楓が山南に会ったのは入隊から数日後のことだったが、その日以来楓は公務、山南は地方に出向いたりしていて一度も会っていないのだ。
「お久しぶりです。これからお出かけですか?」
「いいや。ただね、机に向かっているだけじゃ息が詰まってしまうからね。
たまには草木でも愛でようと思って出てみたらちょうど君がいたんだ」
「……どうかしはったんですか?」
「…どうかしたとは?」
いきなり真剣な顔で問われた山南は少々驚いて問い返す。
「あんた見てると苦しそうや」
楓の射抜くような視線が山南を容赦なく襲う。
「……君は早く大人になり過ぎてしまったようだね」
山南は楓を困ったような哀れむような目で見る。