幕末異聞
土方が近藤の部屋を後にした頃には、既に太陽が東の空を昇り終えようとしていた。
八木家の中庭では積もった雪が太陽の光を浴びて幻想的に輝いている。
土方はしばらく縁側で足を止め、その幻想的な景色を眺めていた。


(あ…句ができそう)

はっと思い立ち、足早に自室を目指す。

驚いたことに、鬼の副長と呼ばれる土方歳三の唯一の趣味は俳句作りである。彼が句を作っているという事実を知っている者はいないに等しい。しかし、彼は「豊玉句集」という自分の俳句を書きとめた本まで作るほど俳句好きなのだ。


そして今もこの景色を題材に何かいい句が頭に浮かんだらしい。

冷気でひんやりとした廊下の突き当たりを右に曲がろうとした時、頭に衝撃が走った。


――スパーン!!


軽いいい音をたてて何かが土方の頭を直撃した。何が何だか解らない土方は周りを見回す。


「あ…」


頭に手を当てながら声のした方向に吊り上がった目を向ける。すると視界に入ってきたのは茶色い毛玉のようなもの。


「土方…」

その毛玉が角度を変えると、顔が出てきた。


「お前…」

土方は驚いて眉間に皺を寄せた。この新撰組で自分の事を愛称でもなく呼び捨てにする人間なんて一人しか思い当たらなかった。

「赤城…テメェ何のつもりだこれはっ!」

額に青筋を浮かべ、地を揺らす様な大声で怒鳴る土方。中庭の松の木に積もっていた雪がドサっと落ちる。

「いや、何のつもりて…ただの事故ですわ」

平然とした顔で全く謝る気配の無い楓に土方は更なる怒号を浴びせようとすると同時に、バタバタと廊下を走る音が聞こえてきた。


「楓!捕まえた?!」


足音の正体は竹刀を持った藤堂だった。

「いや、それが違うもん捕まえてしもた」



「…げッ!ひ、土方さん…」

「藤堂君?一体コレはどういうことか説明願おう!」

楓は完全に土方を怒らせていた。藤堂の顔色が段々と無くなってゆく。


「ね…ネズミを退治していたんです」

「こんな時期にネズミだと?」

「冬眠し忘れたアホがおったんよ。そいつが平助の部屋走り回っとるいうんで泣きながらうちに助け求めて来たんや」

「別に泣いてねーよ!」


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