僕から自由を奪った貴方に、僕と同じ痛みを。【BL】
序章
 
 悪夢に悩まされるようになったのは、一体いつからだったろうか。

 躰を駆け巡るえも言われぬ恐怖を感じるようになったのは、一体いつからだったろうか。

 何も、分からない。
 何も、憶えていない。

 そんな少年を、男はただ優しく抱き締めた。

 何も、考えなくていい。
 何も、怖いものなどない。

 そう言い聞かせるように背を撫で、白い額にくちづける。


「怖いんです……」


 赤い唇がそっと言葉を紡ぐ。


「僕が僕じゃ無くなるみたいで、ただ、怖いんです」


 毎夜同じ言葉を繰り返す少年の耳に、男はそっと声を送り込む。


「この薬を飲んで眠れば大丈夫」


 グラスを手にした男は口に水を含み、少年の唇に赤い錠剤を押し付ける。

 くちづけと共に水を流し込み、舌で錠剤を押し入れてしまう。

 こくり、と少年の喉が動いたことを確認して、唇から零れた水を指で優しく拭ってやった。


「お前は、何も気にするな。俺が傍に居てやる」


 少年の柔らかな金髪を撫で、ベッドに横になるよう促す。

 灰色の瞳が不安そうに彼を見上げると、額にくちづけが落とされた。


「ラディはまだ寝ないんですか?」

「仕事があるんだ。安心しろ、お前が眠るまで居てやるよ」

「ありがとう、ございます」


 額に置かれた大きな掌に自分のを重ね、少年はゆっくりと目を閉じる。

 今宵はもう、悪夢を見ないことを祈って。
 
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