幕末異聞―弐―

「な?笑えるだろ?!」

笑うのを必死に堪える永倉の唇はワナワナと震えていた。楓も原田の違和感ある姿に段々笑いがこみ上げてくる。

「くくくっ!絶対死にそうにないな」

楓は喉の奥で笑いながら自分の隊に何かを指示している原田を目で追う。
緊張して動きが硬くなっている隊士たちの中で、楓の落ち着き様を見た永倉はほっとしていた。

「ああ。死なねーよ。誰も」


「…あんたでも緊張するんやな?」

全てお見通しとばかりに楓は永倉の顔を覗き込む。
顔には出さないようにしていたはずだが、こう簡単に見破られては笑うしかない。

「へへ。まあね。どうやら、今回はいつもの討ち入りとは違うみたいだしな」

鯉口を切った瞬間、死はいきなり距離を詰めてくる。
体を掠るか掠らないかの所まで迫る。

抜き身の刀を持っている時。それが最も生と死の境界を感じる時だ。

幾多の実戦経験を積んできた永倉にはその感覚が嫌でもわかるようになっていた。

自分の体が自分のモノではなくなるような違和感。

妙な気持ちの昂り。

そして血の臭い。

どれも彼にとって決して心地のよいものではなかった。その事を考えると、自然に永倉の体は硬くなり、冷たくなるのだ。

「ふん。祭りの余興には最適や。派手に暴れてやればええ」

「なっははは!!確かにそうだ!」

偉そうに腰に手を当てて仁王立ちする楓を目の前に、永倉の顔は綻んだ。

「じゃあ、うちはまだやることがあるんでな。左之助に似合っとる言うたっといて」

「おお!任せとけ〜!」

バタバタと廊下を往来する隊士たちの中に埋もれていく小さな体を永倉は笑顔で見送った。


「あ〜あ。俺もあいつくらい強くなりてーなー!」

額に巻いた鉢金の金属部分をパシパシと手の平で叩くと、永倉も楓とは逆方向の廊下を進んでいった。



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