幕末異聞―弐―
壱拾九章:余波


――六月十八日 長州某所


京での抗争で多大な犠牲を出した長州に、ようやく池田屋事変の一報が届いたのは事件から十三日後の事だった。


――ダンダンッ!!!


「晋作!!晋作はおるか?!!」

昼間ののどかな農村に響き渡る猛った声。

――ダンダンダンッ!!!!

間を置かずに目の前に立ちはだかる古い立派な門を破壊せんばかりの勢いでがむしゃらに叩いている。


「……何だ玄瑞?そんな殴ったら壊れるだろうが馬鹿。」

玄瑞と呼ばれる男が叩いていた門とは全く別の方向から、呆れたようなため息交じりの声が聞こえた。

「晋作!!こんな時に何処へ行っていたのだ?!!」

「何処って?たまにゃ畑の手入れでもしようと思ってな。裏の畑まで行って来たんだよ」

そう言った晋作の手には大きな鍬が握られており、狐のような顔は泥で汚れていた。

「何をのん気なことを言っているのだこんな時に!!」

玄瑞は地団太を踏んで、体全体を使って一大事という事を主張している。

「うるせーなっ!ドスドスドスドス!!人んち壊すきかオメーはよ!!?」

残念ながら、玄瑞の猛主張は晋作の怒りを買っただけのようだ。

「大変なんだよ!!」

「だから、何がだっての?!」

「死んだんだ!!」

「あぁ?!誰が?」



「…稔麿が」


「……」


玄瑞の言葉に、晋作は頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。



「…嘘だろ?」


「今朝、桂から書簡が届いた。京の街中で、長州藩士を中心とする尊王攘夷志士が幕府とやり合って大勢の犠牲者が出たって…。その中に…稔麿も…」


「…稔…麿…」

晋作の脳には、おそらく玄瑞の言葉は半分も届いていないだろう。
瞳孔の開ききった目に手を当て、友人の死に対する痛みを必死で堪える晋作。
そんな晋作の姿を直視していられなくなった玄瑞は、中空に視線を移し、自分の目から零れようとする涙を体内に押し込めた。



< 237 / 349 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop