幕末異聞―弐―
格子窓から見えたのは、紛れもなく新撰組の人間。
それも数人ではなく、十数人はいる。男たちはどうやらこの料亭を御用改めに入ろうとしているようで、店の戸を叩く音が聞こえた。

男は窓から離れ、幾松に向き直ると困ったように頭を掻き回す。


「何ということだ!裏口から「あれだけの人数や。裏口はもう誰かが回りこんでいるに違いありまへん!」

焦る男に対し、幾松は不気味なほど冷静であった。


「ではどうすれば!?」

「男ならしっかりせなあきまへんっ!!」


男の焦る姿に幾松は喝を入れるように声を低くしてダンッ畳を強く踏み込んだ。

男も、この幾松の男顔負けの気迫にはっと我に返る。



「そこの長持の中に隠れておくれやす」



「…長持?!」


幾松の長く、細い指は部屋の隅にある窪みに置かれた長持を指していた。

「しかし幾松…君は」

「はよするよしッ!!」

幾松は困惑してばかりで何時までも行動を起こそうとしない男を、無理やり長持の中に押し込む。


この時代の料亭には、追っ手の追跡を逃れるためにいくつもの脱出口や隠れ場所があったのだ。
この『吉田屋』も例外ではなく、長持の中も隠れ場所の一つだったのである。

長持に男を押し込んだ幾松は深呼吸をし、部屋に立てかけられていた三味線を手にする。




「御用改めである!!」



ついに新撰組の声が聞こえてきた。


幾松は隠れるわけでもなく、部屋に一人、姿勢よく正座をして来るべき時を待った。




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