幕末異聞―弐―


――スス…


ゆっくりと開いた襖の隙間からは行灯に照らし出された人影が一つ。
敵ではないだろうと当然の如く思った沖田は腰の獲物には手を掛けないで部屋の前に立っていた。


「おお。沖田君か」

「一さん!」

中には、円窓に体を寄せる齋藤がいた。山崎と齋藤。この二人が揃ったということは、隠密業だと沖田でも察しが付く。だが、何故自分がこのような慣れない仕事を任されたかまでは解らなかった。
山崎は後ろ手で襖を静かに閉め、部屋の中心辺りに胡坐をかいて座っる。

「齋藤さん、何か動きは?」

山崎は、再び窓の外を監視し始めた齋藤に現状の報告を求めた。

「いや、全く危な気な雰囲気はないな。大したものだ」

齋藤が他人を褒めるのは大変貴重なことである。
彼に褒められるような人物とは一体どんな人物か興味の湧いた沖田は、齋藤を押し退けて、狭い円窓から外を覗く。


「ん?あの目の前のお店って…倒幕派の人間がたまに出入りしていると噂の『柏木』じゃないですか」

「そうだ。そして、まん前の窓から見えるのが、今回の要人」

齋藤は、押してきた沖田に怒る事もなく、今回の仕事の説明を始めた。


通りを挟んで輪島屋の正面に位置する『柏木』。
沖田の目には、その柏木の二階の個室座敷の窓に男と女が一人ずつ見える。


「あの少し小太りの中年男が要人ですか?それとも隣の…あの衣装は太夫かな?そちらの方ですか?」

「男の方です。名前は喜右衛門と名乗っていますが、おそらく偽名でしょう。四条河原町で枡屋を営んでいるそうです。表向きは枡屋となっていますが、裏では長州や倒幕支持の藩にどこからか武器を調達して流しているようです」

山崎が頭に叩き込んだ男の詳細を沖田に伝えた。

「へぇ〜。そうなんですか。流石監察のみなさんですね〜!どこからそんな情報入手できるんですか?!」

監察の仕事の速さと質の良さに驚きを通り越して感心する沖田。
窓から見える喜右衛門は、太夫らしき女の舞を満足そうに見ていた。着物ははだけて顔面を紅潮させて大笑いしている。




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