隠す人

「よし、星野くん。君は玄関へ社長のお迎えに行ってくれ。『道に迷っちゃった』でも『鼻緒が切れた』でもなんでもいいから、社長がここに来るのを少しでも遅らせるんだ。私はその間に、なんとか二宮を始末するから」

課長は部下に的確な指示を与えると、自分は意を決して廊下の一番奥のドアを開ける。

ドアの向こうには応接セットと専属秘書のためのデスクが置かれていて、社長室への扉がさらにその奥に見える。

中では二宮が、涼しい顔をして水槽の金魚に餌を与えていた。

「二宮、おい二宮!」
「課長、おはようございます」
課長に目を向けるが、てきぱきと動く手は止めない。新聞を揃えてテーブルに置くと、今度は机でメールチェックを始める。

「申し訳ありませんが、お急ぎでなければ後にしていただけますか。そろそろ社長をお迎えにあがる時間ですので」

「それは今日から、星野くんの仕事だ。今日はロンドンに行く日だろ!お前はもう、秘書課の人間じゃないんだぞ!今すぐ空港に向かえ!」

「その件でしたら、私の中で既に決着がついていますので」

「え?どう決着がついてるんだよ」

二宮が初めて、手を止めた。

「私は左遷されるような失態を、何も犯していません。ですから、社長の今回の人事は、労働基準法に違反しており無効です」

「これは上司からの命令なんだぞ!お前、従わないでいいと思ってるのか?本当にクビになるぞ、クビに」

二宮が鼻で笑う。
「それを狙ってるのかもしれませんね、社長は」



< 3 / 88 >

この作品をシェア

pagetop