隠す人

「どうかされましたか?」

『二宮始末大作戦』に見事失敗した課長が、ドアの前で右往左往していると、隣のドアが開いて若い女性が顔を出す。メリハリのある体に、細身の黒のパンツスーツがよく似合っている。

「あぁ沢渡くん、参ったよ。二宮が、来ちゃった」

「えぇ?!」
マスカラの効いた瞳を大きく見開いたので、沢渡のもともと華やかな顔が華やかを通り越して派手に見える。

「二宮さん、なんでそこまで秘書にこだわるのかしら」
「出張所といっても、所長ポストだし。そんなに悪い待遇じゃないんだけどな」

「おーい、お茶」
沢渡がいるドアの奥から、声がした。緑茶のCMではない。沢渡が仕えている副社長の声だ。

「はい、ただいまお持ちします」
沢渡はよく通る爽やかな声で答えると、持っていた分厚い紙の束を課長に渡した。

「これ、副社長からです。今朝の会議資料に追加するようにと」

「えぇ!こんなに」

「お願いしますね」
沢渡は美しい笑顔で微笑むと、扉の中に姿を消した。

「星野くん、星野くーん!」
課長は依頼された仕事を下請けに丸投げしようと、部下を呼ぶ。
返事はない。それもそのはず、その部下は今、社長を迎えに行ってから鼻緒が切れたり道に迷ったりしていて、なかなかこの階にたどり着けないでいるのだ。

こんなときは、あの人を呼ぶしかない。

課長は、ちょうどそばのトイレからゴミの大きなカートを押して出てきた、腰の曲がった掃除婦に声をかけた。
「小岩さん!悪い、ちょっと手伝って!」

掃除婦の手を引っ張り、会議室に入っていく。


ちょうどその時-
エグゼクティブ・フロアに、エレベーターが到着した。



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