雪花-YUKIBANA-
「いやーっ、さっきは本当に申し訳なかった!」
そう謝りながら、僕のグラスにビールを注ぐ男の顔は、
けれどちっとも申し訳なさそうじゃない。
「俺、コントロールには自信あったんだけどなあ。
まさか見物人に当たるなんて思ってなかったよ」
「見物人じゃないんですけど」
「そんな細かいことはいいだろ、あんた」
「……はいはい」
酔っ払っているとはいえ、男はおそろしくマイペースで、
よく言えば屈託がなかった。
まるで、どこかの誰かさんのようだ。
「けど、良かったんですか?」
「あ?何が?」
湯豆腐を頬張りながら男が首をかしげる。
「見たことろ、さっきの女性に詐欺まがいのことされたみたいですけど。
警察とかに連れて行った方が、良かったんじゃないです?」
「そうは言ってもあんた、まさか警察まで行って、
“この女にラブホテルで逃げられました”
って言えってか?
そんな恥ずかしいことできねーよ」
「……公衆の面前で叫んでたくせに」
僕のつぶやきを軽く聞き流して、男はビールのおかわりを注文する。