雪花-YUKIBANA-
僕は目の前で繰り広げられる光景に震え上がり、
とにかく助けを呼ばなくてはと、玄関の方に走った。


世間的な体裁だとかそんなものは、子供の僕にとってはどうでもよかったから。


『――ダメ!』


悲鳴よりも遥かに強く、
はっきりとした声で呼び止められた。


『拓人、行っちゃダメ!』

『でも……っ』

『大丈夫だから』


母は血のにじんだ唇のはしを持ち上げ、僕に微笑んだ。


もろい粘土細工のような、ひびわれた微笑み。

僕は今でもあの顔が忘れられない。




それからの生活はさんざんだった。


事あるごとに両親はいがみ合い、家中の皿はいつも足りない状態だった。


それでも父は毎日単調にサラリーマンの日々を送っていたし、

母も誰かに相談する気配すら見せなかった。


やっと離婚が決まるその日まで、
僕は幾度となく“あの笑顔”を目にすることとなる。


そして今となっては、確信に近い気持ちで思うのだ。


本当に異常だったのは、浮気や暴力に走った父じゃない。


すり切れたビデオを必死で修復しようともがいた、

母の笑顔だったと。






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