忘れられない人
その後も、何度か電話をしたけど通話中で陽菜の声を聞くことはできなかった。捜しに出かけようとも考えたが、入れ違いになるかもしれないと思い、もう少し待とうと自分に言い聞かせてた。

『俺の元に戻ってきたら‥これを渡そう‥』

囁くように言った後、龍二は黙ってソファーの上に腰を下ろした。


チクタク チクタク

ジー

普段生活をしていて耳にしないような音が聞こえてくる。それくらい、今この部屋が静かだって事だろう。

先週のこの時間‥俺達は何をしていたっけな?
二人で朝食を食べた後、片づけをして、テレビを見ながら笑いあって、それから‥それから‥

今度は右手で頭の後ろをぐしゃぐしゃと掻いて、龍二はそのままフラフラとした足取りで窓際に立っていた。

龍二の心の中は‥からっぽになっていた。


『ただいま~』

静まり返っていた部屋の中に、一筋の光が差し込んだ。この声は‥

龍二は、携帯を握り締めたままリビングの扉の方を向いた。


『何してるの?』

陽菜は不思議そうな顔で龍二を見ていた。龍二の表情は、見る見る険しくなっていった。

『何してるの?はこっちのセリフだよ!今まで何処にいたんだ?携帯に電話しても通話中で全然繋がらないし‥本当に心配したんだぞ!!』

本気で心配しているのに、陽菜は笑っていた。

『そこ笑うところじゃないし!!ってか‥』

そう言って、陽菜の頬を両手で触った。

『こんなに冷たい‥。いくら朝だからって、まだ気温は低いんだぞ?何処か行くときはちゃんと場所をおしえ‥‥おわっ!?』

話の途中に陽菜が俺の胸に飛び込んできた。その勢いで俺をソファーに押し倒し、陽菜が上に覆いかぶさる形になった。
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