コーヒー溺路線
彩子は自嘲気味に笑ったがマスターと目を合わすことはしなかった。
「前にも言ったでしょう。私はコーヒーをいれるのが好きなだけです」
マスターは安堵した。
やはり松太郎しか彩子を幸せにはできないのだと、改めて思った。
「彩子ちゃん、解っているだろうと思うけど中途半端なことは駄目だよ」
「もちろん」
もちろん、と彩子は続けた。
そしてしっかりとマスターの目を見据えて言う。
「私が好きなのはあの人だけ。この先どんなに素敵な人が現われようと、私にはあの人だけ」
そうかい、マスターの想いが確信に変わった瞬間だった。松太郎でなければ彩子を幸せにすることはできないのだ。
マスターは嬉しそうに笑った。
彩子も顔を綻ばせている。
「マスター、そろそろ帰ります」
「ああ、気をつけて」
「おやすみなさい」
時刻は午後八時を過ぎていた。
彩子の後ろ姿を見送ると、マスターは彩子の空けたマグカップを流しに置き、自分専用のマグカップを取り出した。
彩子や松太郎には内緒で、このマグカップは彩子のものと色違いだ。
彩子に一目惚れをしたマスターが、マグカップでコーヒーを飲むのがこだわりだと言う彩子の為に選んだマグカップだ。
内緒であとから色違いのものを買っておいた。店内に人がいない時には必ずこれでコーヒーを飲む。
次に松太郎がこのコーヒーショップへ来るようなことがあれば、彩子も間違なく松太郎を愛しているという事実をきっと伝えてやろうとマスターは思った。