コーヒー溺路線
 

聞き覚えのある声が彩子を呼んだ。
とても強い声だ。彩子の恐れる声だ。
 

彩子とマスターの振り向いた先で各々の視線が捉えたものは、先程の彩子と同様に息を切らせてコーヒーショップへ入ってきた俊平だった。
 

彩子は余りの出来事に驚愕した。
 


 
「須川さん、どうしてっ」
 

 
「僕は知っているんですよ、貴女が毎日ここへ通っているということを」
 

 
「私がどこへ行こうと私の勝手じゃあないですか。一体何をしにきたんです」
 


 
マスターはじっと二人の様子を伺っていた。俊平の眼はもう既に半ば虚ろで、彩子が恐れるのも無理はない。
 

マスターが黙ってその様子を見ていることに気が付いた俊平はじろりとマスターを見た。
マスターは身動ぎもせずただ俊平を見ていた。この男が彩子を追いかけて脅かしているのだというのに、嫌に冷静でいることができた。
 


 
「彩子さんはこの男に会いに来ているんですか?知人だなんて言っておいて、一体どういう関係なんです」
 


 
ずずいと俊平が一歩、また一歩と彩子へと詰め寄る。彩子は後退りをしながらカウンターの向こう側にいるマスターの側へ駆け寄った。
 


 
「マスターは私の大切な人です。だけど貴方の考えているような関係ではありません」
 


 
しっかりとした口調で彩子は言った。
マスターは黙っていた。
俊平は腑に落ちない様子で隠し切れない苛立ちが手に取るように解る。
 


 
「彩子ちゃんの本当に大切な人は藤山君だよ。君も知っているだろう」
 


 
マスターがぽつりと呟いた。
それはマスター自身が自身に言い聞かせているような憂いを帯びた声色だった。
 


 
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