コーヒー溺路線
湯を沸かす
 

「彩子は本当にコーヒーが好きだね」
 


 
毎日のようにその男は彩子へそう言っていた。男の名は林靖彦と言う。
 

その年の四月より新入社員として情報管理部に配属されたのは、計三名だ。
 

その三名の中に彩子と靖彦はいた。もう一人は余程心身共に虚弱だったのか気付けば入社して直ぐに退職してしまっている。
 

彩子と靖彦との二人が同じ時間を共有することは、自然な流れである。いつからか彩子は靖彦を一人の男として意識するようになった。
 


 
「彩子、その頼んだコーヒーは飲まないのか?」
 

 
「うん、なんだかね」
 


 
残業が終わった後に二人で食事を取るということは、週に一度はある習慣になりつつある。
 

いろいろな店を回ってはみたが、彩子の納得するコーヒーをいれる店はなかった。とにかく靖彦の好む物がある店に毎回ついて行く。
 


 
「そうか、ここのコーヒーも彩子の口には合わないんだな」
 

 
「そうね」
 


 
大学に通う頃にあるコーヒーショップを見つけて以来、彩子はコーヒーにとてもこだわりを持つようになったのだ。
 

彩子がそのコーヒーショップに靖彦を連れて行ったことはない。靖彦は別段コーヒーを好きなわけではなかった。
 


 
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