コーヒー溺路線
 

マスターが二人の前に差し出したのはコーヒーと小さな丸いケーキだった。ケーキに乗ったチョコレートでできたプレートには「彩子ちゃん誕生日おめでとう」と書かれていた。そのケーキをいくつかに切り分け、マスターはもちろん彩子だけでなく松太郎にもケーキを渡した。
 


 
「頂きます」
 


 
昼食の時のように彩子も松太郎も声に出してそう言い、一口食べるとわっと声が上がった。
 


 
「ケーキもコーヒーの味がするっ」
 

 
「今年は頑張ってコーヒー味にしたよ、いつもは色が同じだからってチョコレートケーキだからな」
 

 
「マスター、凄く美味しいです」
 

 
「そうか、良かった」
 


 
パクパクと彩子はよく食べて、残ったケーキは箱に入れて彩子が持ち帰ることになった。例年そうらしい。
 

そろそろ帰るかと松太郎が腰を上げた時、彩子はお手洗いだと言って席を立った。マスターと二人きりになった松太郎は気まずいなと思いながらも、無難にご馳走様でしたと言って笑っておいた。
 


 
「いや、楽しかったよ。本当に藤山君は彩子ちゃんのボーイフレンドじゃあないのか?」
 

 
「いや、今日会ったばかりですよ僕達は」
 

 
「そうだったのか。彩子ちゃんのことをよろしく頼むよ、彼女は繊細な女性だから」
 


 
そう言って黙ったマスターの眼は何か愛しいものを見る眼だった。ああ、この人は彩子を一人の女性として愛しているのだ、と何故か松太郎は確信した。
 


 
「彩子ちゃんの前の旦那はさ、そりゃあ酷い野郎だったからな」
 

 
「え?」
 


 
マスターの口から出た信じ難い言葉に松太郎が聞き返した瞬間、トイレの扉が開いた音がした。
 


 
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