A線上の二人
「別にいい」
「よくないっ!」
「何故」
「女王様の気分になるっ」
私が座っていて、達哉くんが膝まづいて床の楽譜を拾う。
その姿は非常にシュールだ。
「……気分はよかった?」
「いい訳がないでしょ! 私にはそんな趣味ないからね!」
拾いながら噛み付くと、落ち着いて楽譜を拾う達哉くんが、どこと無く安心したように頷いた。
「それはよかった」
「何がよ」
しばらく考えて、
「うん」
……なんて言う。
「答えになってないわよ!」
「うん」
「だいたいね、八つ当たりで部屋を荒らすのって、達哉くんくらいよっ!」
「うん」
「いい大人なんだから、もっと他にストレス解消方法見つけなさいよねっ!」
「うん」
「ほら……お酒はやけ酒になるから駄目だけど、カラオケに行くとか、バッティングセンターに行くとか」
「うん」
「それで私より年上なんて信じられないわよ!」
「純然たる事実だ」
「なんで、そこだけまともに答えるの!」
「……うん」
……からかってるのか?
顔を上げて瞬きを返した。
「何笑ってるの」
達哉くんの笑いは解りにくい……。
解りにくいけれど、微かに細められた瞳は楽しそう。
楽しいんだと思うけれど……
「千夜と話していると、悩んでいるのが、馬鹿なことに思えてくる」
それは、いい意味なのか、悪い意味なのか……
「いい意味だから」
「そ、そう」
最後にクスッと笑われて、お互いに楽譜を拾うのに集中した。
「そういえば達哉くん」
「何?」
「彼女はどうしたの?」
「彼女?」
「この間、家に来てたじゃないの」
そう言うと、達哉くんはしばらく手を止めて、
「ああ……。この前って、一昨年の話?」
薮蛇だった。
「そんなになるかな?」
とぼけると、
「そうだな」
あっさりと、楽譜を揃えながら頷く。
「それに、その人は彼女ではないよ」
「家から出て来たのに?」
「出て来たのに」