A線上の二人
世の中、いろんな家があるけれど、
「……うちは普通のサラリーマンの家なのにね」
ボソリと呟くと、ブランデーをグラスに注いでいた達哉くんが顔を上げる。
「千夜は……お金があった方がいい?」
「それは、ないよりあった方がいいけど……」
広い広い練習室の天井を見上げ、それから傍らに佇む達哉くんを見つめた。
広い家に、昔から一人で住んでいた彼。
まぁ、正確には通いのお手伝いさんが居たし、単に両親は殆ど家にいなかっただけで……
だけど、いるかいないか解らないお手伝いさんじゃ、いないのと変わりない。
そんな中で育つのって何だか寂しい。
「困らない程度にあればいいと思う」
「困らない?」
「ご飯が食べれればいいんだと思う」
「ご飯だけ?」
「たまに、外食出来るくらいの裕福さでいいんじゃないかなぁ?」
コテン……と首を傾げると、ブランデーグラスを揺らしながら、微かに達哉くんが笑った様な気がした。
「何よ」
「いや……」
「なぁに?」
「……うん」
「どうせ庶民です」
「言わぬが花って諺知ってる?」
バレバレなら、意味がないと思う。
まぁ、どうせ親戚とは言っても、遠縁な訳だから、そんな事を言っても始まらないけれど。
「僕は……千夜の家は好きだけど」
「……そう?」
「夕飯に誘われた事があったろう?」
新年会をやった時だな……と、思い出しながら頷く。
「皆が揃っていて、とても賑やかで楽しかった」
遠くを見るような達哉くんに、何故か黙り込んでしまうと、彼も小さく頷いた。
「賑やかで、人がたくさんいて……そんな家庭が理想だな」
「理想?」
「静かな家は嫌いだ」
ボソリと呟いて、ブランデーを飲み干すから、少し考える。
「…………」
やっぱり寂しかったんじゃないか……と。