Love Water―大人の味―
だからあたしは彼が顔を近づけてくるのに、一瞬遅れて気づく。
はっとした時には、桐生部長はあたしの耳元に顔を寄せていた。
そして、毒針を刺す。
「関係なら、ある。
俺はおまえが別れて、嬉しいって思ってるから」
時が止まると同時に、あたしの思考も止まる。
部長が口を寄せる耳元だけが、異常に熱い。
心臓がそこにあるみたいに、ドクドクと脈打つ。
目を見開いたまま固まるあたしに、ゆっくり離れた彼は唇の端をつりあげた。
普段の彼からは、想像もつかない顔。
笑った顔って、すごく貴重だ。
対してあたしの顔は、ようやく状況を把握して、みるみるうちに赤くなりそして青くなる。
「な、何を言って……」
一歩後ろに下がって部長の顔を穴があくほど見つめた。
いまだに彼は意地悪く笑ったままで、初めて彼の笑った顔を見たかもしれないと思った。