7つ真珠の首飾り
――ふと目を開けてみると、わたしが立っていたのは見慣れた台所だった。

しゅんしゅんと湯気の立つ鍋のとなりで、わたしは手に包丁を持ち、野菜を刻んでいた。


とらわれていたのだ、と思い出す。


そっと振り返ると、孫の姿はなかった。階段をあがる音がする。千歳さんはいつも通りに家事をこなしてくれていた。

何事もなかった風を装って、再び包丁を動かし始める。



『あのさ、この世に…………人魚って、いんのかな……?』


つい先刻、孫の口から出た言葉には驚かされた。


いるとも。
それはたいそううつくしい姿をしておるんや。
ひとめ見たらきっとどないな人間でも
心を奪われずにはいられんような――

そう、口走りたくなる気持ちを強く抑え込む。



あれから何十年の月日が流れた。

わたしは結婚をして、子供を生み、その子供があの頃のわたしと同じぐらいに成長するまで、こんなにも生き永らえた。

彼との約束の品は、箱にしまって紐でくくって、箪笥の奥底にしまいこんだままだ。


長い月日は確実にわたしを成長させた。

彼との出会いを、今では後悔などしていない。
なかったことになど決してしたいとは思わない。

それにわたしたちが与え合えたものは、もっと沢山あったのだと思えるようになった。
思い出、そして様々な感情。
そんなことにも気付けなかった若い自分。

老いるというのも、悪いことばかりではないのだと、そんな考えすら与えてくれたのは確実にあのうつくしい生き物なのだ。
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